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BEAYS(新装版)

本と図書館のことについて、つらつら書いてゆくblogです。

久しぶりの異動

この春から、利用者サービスの部署に異動になった。他所にお出かけしてた2年間を加えると、実に8年ぶり。浦島太郎とはこのこと。

いろんな仕事を残してきて、後任者には恨まれそう。頼りにしてた先輩や同僚が、3月末で少なからずいなくなってしまったのも辛い。が、まあ、ボチボチと。

ともあれ、慣れてしまわないうちに、自戒のための覚書。

  1. カウンターや事務室に篭もらない。フロアに出て仕事をする。
  2. 館内に篭もらない。館外で仕事をする。
  3. レファレンスに婬しない。
  4. 記録を取る。記録を活かす。
  5. 自分と周りが楽になる仕組みを作る。

1と3は、10日と経たないうちにすでに怪しい。やれやれ、桑原桑原。

L-Crowd「都道府県総合目録の将来像に関する研究プロジェクト」が楽しい。

先日からスタートしてCA入り*1もした、L-Crowd「都道府県総合目録の将来像に関する研究プロジェクト」が楽しい。

要は、機械的に同定できない書誌を、人海戦術で同定しちまえ、って取組み。機械的に同定できないっていっても、そんなに難しいことをするわけでもない。

ちょっとしたクイズみたいなもので、こんな感じ*2で書誌が2つ提示されて……

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上下の書誌が同じと判断したら「同じもの」ボタンを押す。同じものじゃないと思ったら「違うもの、あるいは…」ボタンを押す。ボタンを押すだけの簡単なお仕事。

たまに迷う「問題」も出るけど、NDLサーチで引いてみるとたいてい見当がつく(ブラウザのコンテキストサーチにNDLサーチが入ってれば楽ちん)。どうしても判断がつかなければスキップできる上、多くの人が同じ「問題」をやっているらしく、少々間違っても多数決で自動修正されるみたいだから、ホント気楽に。

匿名でもできる。でも、SNSアカウントでログインすると、答えた回数によって順位が出るようになる。楽しい。「あと〇〇回で順位が上がります。」とか出て、病みつきになる。まだそんなにたくさんの人が参加してない(これを書いている時点で40人くらい)ので、ちょっとやったらすぐ順位も上がるし。

出てくる「問題」は、明らかに「違うもの」が多い。ただ、ときに微妙なのや愉快なのが出るので、これまた楽しい。

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うーん、カオス。

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上は音訳資料みたい。

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これはわからん、王さまシリーズの絵が和田さんっていつまでだっけ、とか、妙に勘ぐったり。

楽しいので、皆さんもぜひご参加ください。

 

 

 

 

マイナンバーカードの図書館利用にかかる対策について(私案)

総務省から2016年秋に発表された、マイナンバーカードの図書館利用は、複数の図書館の利用カードをマイナンバーカード1枚にまとめることができる、という、極めて利便性に富む画期的な取組である。

様々なクレジットカード、ポイントカード等の乱立により、国民の財布は日々厚くなる一方であり、対応に苦慮しているところである。マイナンバーカードが図書館利用カードの代わりになることで、その分だけ財布の厚みが軽減され、財布及びポケット、カバン類の耐久性が著しく向上するなど、経済的にも大きな効果が期待されるところである。

しかしながら、画期的な取組にはつきものではあるが、導入にかかるコスト等が不明といった瑣末な問題から、今夏にも予定されているという導入にあたって、不安や疑義をもつ図書館も多いと漏れ聞く。

そこて、ここでは、マイナンバーカードの図書館利用を円滑に導入するための方策について、2つの私案を提示したい。なお、マイナンバーカードの図書館利用については、まだ未確定の事項も多い。あくまで、現時点で提案者が理解している情報に基づいて検討したものであることを申し添える。

1 図書館利用カードの共通化の前倒し推進

マイナンバーカードの図書館利用のメリットは、複数の図書館利用カードを1枚にまとめることができる、ということに尽きる。複数のカードをまとめたい、との欲求は万人のものであり、例えば、カルチュア・コンビニエンス・クラブ社のTポイントカードは、そのような発想*1のもとにつくられ、広範な支持を得て普及していることは論をまたない。図書館の世界では、今までこうした潜在ニーズが積極的に汲み取られることはなかったため、図書館職員にもお客様にも、カードをまとめることの利便性が必ずしも浸透していない。

そこで、マイナンバーカードの図書館利用に先立ち、現行図書館利用カードの共通化を前倒しで推進することを提案したい。図書館職員、お客様ともに、カードをまとめることのメリットを体感すれば、マイナンバーカードの図書館への導入も円滑に行われるのではないかと考えるものである。

具体的には、都道府県立図書館が、域内の市町村の図書館利用カードでも利用できる仕組みを構築するのが効率的と考える。通常、図書館利用カードの番号体系は館により異なることが多く、番号の重複なども容易に想定される。市町村同士の共通化と比べれば、都道府県立と域内市町村立との共通化の方が、組み合わせも減って対応が容易と考えられる上、ニーズや現状にも合致するものと思われる。

課題として、番号体系の差異の克服が挙げられる。運用にあたって、例えば、システム的に、利用者のIDとカード番号を分けて管理するなどの工夫が必要である。また、システム的に対応が困難な場合は、市町村立図書館の図書館利用カードのスペース(裏面等)に、都道府県立図書館の利用カード番号をバーコード化して貼付する(バーコード印刷可能なテプラ等を活用することが想定される。)ことも考えられる。

なお、可能なかぎり、生活圏を一にする市町村については、同様に、カードの共通化を積極的に行うべきであることは言を俟たない。

2 お客様アンケートの活用

公共施設である公立図書館において、新規の取組に一番影響を与えるのは、納税者であるお客様の声であろう。マイナンバーカードの図書館利用について、導入前に、お客様の期待の声を集めることは、導入に向けた大きな原動力となり、仮に不慮のコストが発生した際にも予算獲得に寄与するはずである。すなわち、アンケートの実施により、お客様の賛意を見える化するのである。

当然ながら、アンケートにあたっては、導入にかかるお客様の不安や疑義を払しょくするため、取組にかかる特徴、課題等を丁寧に周知する必要があろう。すなわち、

  • 貸出記録等がマイナンバーカードに保存されるものでないこと(安心)
  • マイナンバーカードにマイキーIDをお客様自身で登録する必要があること(他人の手を介さないセキュリティの高さ)
  • 利用したい図書館の図書館利用登録は行う必要があること(やむなし)
  • 図書館利用カードの番号を活用したサービス(ウェブサービスや自動貸出機、席予約等)については、マイナンバーカードで代用することができないこと(カウンターで本が借りられれば十分)

などなど、丁寧にご説明したうえで、マイナンバーカードの図書館利用の導入の必要性について、アンケートを実施し、マイナンバーカードを図書館利用カードとして使いたい、というお客様の声を集めるのである。

なお、できるかぎり、1で示したカードの共通化が実現した段階で行うことが望ましい。実際にカードをまとめることの利便性を体感したお客様からは、マイナンバーカードの図書館利用について、熱烈な賛意が寄せられることは容易に想像できるであろう。

最後に

ここに示した案はあくまで私案であり、おそらくもっと効果的な方法があるものと思われる。繰り返しになるが、マイナンバーカードの図書館利用は、増え続けるカードをまとめたい、という国民の切実な要望に応えるものであり、その利便性の向上に大きく寄与する画期的な取組である。図書館界は、このような潜在的かつ強い要望に今まで応えることができなかったことについて、大いに恥ずべきであるが、まだ遅くはない。ぜひ、各図書館が知恵を絞り、取組の導入推進に向け、邁進すべきである。

参考文献:JLA図書館の自由通信:マイナンバーカードの図書館利用について

 

*1:Tポイントの発想については、例えば、こちらで語られている。

2017年の気になる図書館システム関係覚書

年初なので、2017年の図書館システム、デジタルアーカイブ関係のあれこれ(公立図書館中心)で、興味をひかれることがらをメモ的に。

図書館システム関係

なんといってもカーリルさんの動きから目が離せない。カーリルUnitradAPIは導入館も増えて、機能強化を続けるだろうし、openBDってのも面白そう。なお、その他各社の次世代OPACOPACは正直もういいです。

電子書籍貸出サービスについては、いわゆる障害者差別解消法の対策としての導入がもくろまれてるけど、当面大きな進展はないかな。何はともあれ、WebOPACで電子書籍が検索(できれば全文検索)できるようにならないと使ってもらえない気がする。「楽天いどうとしょかん」の電子図書館啓発にちょっと期待。

それから、図書館システムのデータ移行問題検討会が、そろそろ検討結果をまとめてくれるんじゃないかと思う。システム調達で仕様を組むときに役立つものができるに違いない。要注目。

あと、自治体間の図書館システムの共同利用とかも本格的に定着するようになるのかも知れない。すでに、各都道府県内で共用の自治体情報セキュリティクラウドなんてのも動き出してるし。ただし、各館のローカルルールの多さがネック。図書館システムのカスタマイズありきな姿勢(売り手、買い手とも)にはホント閉口する。こういうのもたぶん「IT打ち壊し百姓一揆」の例なんだろうなあ。

デジタルアーカイブ関係

2011年の光交付金で雨後の筍のように整備されたデジタルアーカイブが、そろそろ更新期にあたるのではないかと思われる。NDLサーチなどとの連携や、コストダウンを考えたら、最近のトレンドはクラウドプラットフォームの利用。TRC-ADEAC経葉デジタルアーカイブあたりの利用がますます増えるのではないかと思う。

また、単に公開しておしまい、ではなくて、どう使ってもらうかも大きなポイントになってくる。アーカイブのコンテンツやメタデータ二次利用してもらうための権利関係の整備(つか、著作権ないものがほとんどなんだから、閲覧、印刷以外の利用を想定するだけでいいはず)が進むかも。CCライセンス導入の事例が増えるといいなあ。デジタルアーカイブからこんなものが生まれた、という例が増えるともっといいなあ。

あと、著作権の切れた古典もいいけど、今の資料もどんどん公開して欲しい。しまね地域資料リポジトリのような、プラットフォームを作って地域の文献を公開する取り組みが興味深い。地域の機関・団体の成果物(論文とか)をウェブ公開するときは、権利関係の処理がどうしても必要になるから、コンテンツをもってるとこに対して、運営側の働きかけ(ルールづくりや広報)が肝心。大きな団体や学会ならともかく、郷土史研究会みたいなとこに「リポジトリ」だの「オープンアクセス」だのの説明をするのは結構大変。一日の長のある大学図書館に、運営を積極的にリードしてもらいたいところ。

 

 懸念事項(ヤレヤレ)

なんといっても、マイナンバーカードとマイキープラットフォーム関係。某省はかなり本気で導入をもくろんでいると思われる。正直、図書館がここまで軽々に利用されてる(コケにされてる、ともいう)ことについて、某協会はもっと声を上げてもよいのでは、と思う。

国の主導するネットワーク分離の行方も気になる。これも某省がらみ。ウェブから物理的に切り離されると、図書館的にはいろいろお手上げなので、どこも対策しているとは思うけど、大丈夫かなあ。

カーリル Unitrad API 雑感

カーリルの中の人と話をする機会があり、カーリル Unitrad API の説明を聞くことができた。

高速かつ検索先への負荷の少ない検索、直感的でシンプルなUI、図書館側のメンテナンス不要で対象館の追加修正もほぼお任せ、と、至れり尽くせりの高機能・好対応。

個人的に「使える」と思ったのは、検索結果がパーマリンク化されていること。図書館、特に都道府県立図書館のような広域図書館にとっては、資料紹介の手法の幅が大きく広がると思う。

最近は、資料展示やらパスファインダーやら、資料のリストをWeb公開する時に資料名に自館WebOAPCの書誌データへのリンクを張ったり、Webページに関連資料を検索して表示するボタンをつけたりすることが珍しくなくなってきた。その時、当たり前だけど、自館の資料とその所蔵情報しか紹介できないのがちょっと残念だった。

でも、カーリル Unitrad APIを採用した横断検索があれば、パーマリンクを張ることで、自館だけでなく対象館の所蔵情報も簡単に表示させることができる。都道府県立ならば、紹介した資料が域内の図書館にもあることを示せるから、域内の図書館支援につながると思う。ISBNがある資料なら、その資料を所蔵している対象館リスト、みたいなものも簡単にできる。

例:京都府図書館総合目録ネットワーク『四畳半神話体系』(森見登美彦著 角川文庫)を検索した結果(ISBNで検索)

これからも機能強化していくとのお話だったし、図書館の側からも、工夫次第でなんだか面白そうなことが色々できそうな気がする。楽しみ。

さびしがりの神様と、首飾りと魔法のカギのお話

昔々、あるところに、小さな国がありました。その国の人々は、一人の神様を敬いながら、つましく暮らしておりました。

神様は、愛すべき人々がつましく暮らしている様に感心し、褒美として、一人一人に「真の名前」を与えることにしました。この「真の名前」を唱えると、神様と話をすることができるのです。

でも、その国の人々は、神様を大変敬っていましたので、「真の名前」を唱えて神様と直接話をしようなんて不届き者は一人もいませんでした。それに、この「真の名前」は、一人一人違っているうえに、とても長くて覚えにくかったのです。ですので、みんな、ありがたいとは思いながら、「真の名前」のことはあまり気にせずに、相変わらずつましく暮らしておりました。

神様は、そんな人々を更に愛おしく思いながらも、「真の名前」を唱えて自分と話そうと思う人がほとんどいないのを、ちょっとさびしく思いました。神様は、愛すべき人々が、もっと手軽に自分と話せるようにすべきだ、と思いました。そこで、ウサギの精に命じて、「真の名前」の力を封じ込めた首飾りを作らせ、すべての人々に与えることにしました。一つの首飾りには、それをもらった人の「真の名前」が封じ込まれています。首飾りを身につけて念じるだけで、その人が「真の名前」を唱えたことになり、神様と話をすることができるのです。

でも、その国の人々は、神様を大変敬っていましたので、神様から授かった首飾りを万が一でもなくしたりしたら大変だと考え、ウサギの精のところに首飾りをもらいに行こうなんて人は、ほとんどいませんした。そもそも、この首飾りを落としてしまって、それを拾った誰かが自分に成りすまして、恐れ多くも神様と話をするなんてことになったら、と考えると、ちょっと怖いな、と人々は思いました。ですので、みんな、ありがたいとは思いながら、首飾りのこともあまり気にせずに、相変わらずつましく暮らしておりました。

神様は、首飾りを受け取った人が思ったよりもずっと少ないのを残念に思いました。成りすましなんて、神である私にかかればすぐわかってしまうのに、何を恐れているんだろう、人々に首飾りをぜひ欲しいと思ってもらいたいものだ、と、神様は考えました。そこで、イヌの精に命じて、首飾りにちょっとした特典をつけることにしました。首飾りの鎖の部分に、魔法のカギを付けたのです。この魔法のカギは、その国の人々が共同で使う倉庫を開けるためのものでした。

その国の倉庫には、大事な巻物がいくつもしまってあって、人々は何か困ったことがあると、番人に頼んで倉庫に入れてもらい、役に立ちそうなことが書いてある巻物を探すのが常でした。その国にはたくさんの巻物と、それを保管するたくさんの倉庫がいたるところにありましたが、何しろ大事な巻物が入っているものですから、それぞれの倉庫に入るには、それぞれ別の許可証が必要でした。でも、首飾りの魔法のカギが1本あれば、いちいち許可証を見せなくても、どの倉庫でも開けて入ることができるのです。

でも、その国の人々は、神様を大変敬っていましたので、神様から授かった首飾りと魔法のカギを万が一でもなくしたら大変だと考え、ウサギの精のところに首飾りをもらいに行った上に、イヌの精のところに行って魔法のカギを付けてもらおうなんて人は、これまたあまり多くありませんでした。それに、魔法のカギは確かに便利に思えましたが、ただカギをもらうだけでどんな倉庫も開けられるわけではなかったのです。

魔法のカギを使うためには、まず先に、使いたい倉庫の番人に許可証をもらってから、イヌの精に使いたい倉庫の許可証を見せ、カギにその倉庫を開ける魔法をかけてもらう必要がありました。おまけに、倉庫に行って鍵を使うときには、その都度、入口で「イヌの精様、お願いします」と念じなくてはなりませんでした(まあ、ちょっとしたことなんですけどね)。そもそも、あちこちの倉庫に行ってたくさんの巻物を探さないといけないようなひどく困ったことなんて、そうそう起こりません。あれば便利かもしれないけど、ぜひ欲しいというわけでもない、と人々は考えました。やっぱり、落としたりなくしたりしたら困るし、と。ですので、みんな、ありがたいとは思いながら、首飾りのことも魔法のカギのこともあまり気にせずに、相変わらずつましく暮らしておりました。

神様は、首飾りと魔法のカギを受け取った人が思ったよりもずっとずっと少ないのを残念に思いました。魔法のカギの仕組みををうまく使えば、もっといろんな便利なことができるはず。神様は、今日もウサギの精やイヌの精と話し合いをしています。すべての民草が、首飾りと魔法のカギをいつも身につけていて、今日はどこへ行き、どんなものを買い、どんなことを考えたか、首飾りの力によって、神である自分に気軽に話してくれるような、のどかで平和な世の中になることを、さびしがりの神様は願っているのです。

(このお話はフィクションです。マイ〇ンバーカード及びマ〇キープラットフォームとは一切関係がありません)

分類の未来と客観性と~『自然を名づける』を読んで

久々に面白い本を読んだので、久々に書いてみる。

読んだ本は、コレ。

カーリルで開く

書架の整頓しててたまたま手に取った本で、職業柄、興味が湧いてきたので読んでみると、これが面白かった。

ヒトが、食べ物や外敵を見分ける(=分類する)ために発達させてきた「環世界センス」。身の回りの生き物を見分けることのできるこの直観的な能力を、リンネをはじめとする分類学者たちは分類法として一般化した。でも、環世界センスはあくまで主観的なもの、それに基づく分類法と分類学は、客観的な「科学」となるために迷走を続け、ついに分子生物学と出会って環世界センスと訣別、めでたく「科学」として認められるにいたった。しかし、その代償は大きかった。

分類上、魚類は存在しない、と公言する現在の分類学は、どこまでも環世界センスに縛られている普通の人々の認識からかけ離れたものとなった。それと歩調を合わせるように、生き物に対する人々の関心は薄れてゆくばかり。葉っぱの形や鱗の色を見分けるために使われていた環世界センスは、今やスーパーの売り場で商品のロゴマークを見分けるために使われる始末。著者は、環世界センスを取り戻さなくては、と主張する。客観性一点張りではなく、人々の理性と感性をともに満たしてくれる、魅力あふれた生き物の学問としての分類学が、今、求められている、云々。

リンネやダーウィンの話は何となく知っていたけれど、それ以降の分類学の歴史については初めて知ったことばかりで、とても面白い。長らく行われていた分類は、実は環世界センスに基づいていて、極めて主観的だった(足の形が似ているから近縁って、近縁であるその根拠は誰も説明しなかった)ってのもびっくり。その後、コンピュータの発達から、特徴を数値化して統計的に比較することで分類する数量分類学が生まれ、分子生物学の発達がDNAから進化の系統を読み取る分岐学をもたらしたとのこと。科学としての客観性が、科学離れ、生物離れを結果的にもたらす。父親殺しで結局自らもがんじがらめに、ってパターンか。

閑話休題。わが業界も長らく本の分類を生業の一つとしているけれど、本家の分類学に倣っていえば、いまだ環世界センス的なものに基づいて、主観的に分類している段階といえるんじゃなかろうか。いちいち通読してたらきりがないから、書名や目次、梗概といったわずかな手がかりから、NDCやNDLCという羅針盤によりながら、その本の分類上の位置(つまりは本棚の位置)を決めていく行為は、まさに生物の分類と同じ。そして、客観的かつ絶対的な正解があるわけではなく、分類するカタロガーの判断によるところが大きい。極端な例だと、タレントさんが書いたエッセイは、タレント本としての分類(778)だったり、エッセイとしての分類(914)だったりする。まあ、学問じゃないから、どこにあるか判ればそれでいいんだけどね。

そのうち、本もフルテキストデータ化された上、テキストマイニングで分類するような時代が来るのかしらん。○○と××という単語が頻出するから、とか、比較検討した結果、この本のこの部分は、別の本のある部分を受けて書かれている可能性が86.2%だから、とかで、客観的かつ自動的に分類されるようになる日が来るのかも。それって、やっぱり普通の人の「この本はここにありそう」感と食い違うものになったりするんだろうか。それとも、ただでさえ絶滅危惧種のカタロガーさんは、近い将来、完全に息の根を止められるのか、などなど、妄想するのも面白い今日コノゴロ。