BEAYS(新装版)

本と図書館のことについて、つらつら書いてゆくblogです。

文脈棚とICタグ

少し前に読んだ『世界を知る力 (PHP新書)』のなかに、古書店通いを勧めたくだりがある。古書店の棚の、ゆるいまとまりで置かれた本の並びには、思いもよらなかった相関の発見がある、と著者はいう。棚の前に実際に立って「なぜこの本がここに?」と考えたり、手に取って目次を開いたりするうちに、一つ一つの本の意外なつながりが見えてくるようになる。それが、個々の情報から全体をとらえる「全体知」の訓練になる、とのこと。もちろん皆が皆、「全体知」を訓練したいわけじゃないだろうけど、古書店の棚を端から眺めていったり、均一ワゴンをのぞいたりするのは、なんとなくわくわくする。
NDC順に整然と並んだ図書館の棚は面白くない、という主張は業界内外でしばしば見かける。一見雑多なようで、実は背後のつながりが意図的に演出された並びになっているような棚、著名な書店のいわゆる文脈棚は別格としても、眺めていて意外性や発見の全くない棚に、面白味がないのは事実。少なくとも、一冊一冊の本の魅力を、そこに並んでいることでさらに高めている棚とはいえないだろう。
確かに、特定の本を探している人(例えば、お客様をお待たせしている司書とか)には、どこに何があるかきっちり定まっている棚の方が便利ではある。見つけやすい、探しやすい、効率重視の棚作りは図書館の最低条件。でも、利益を上げてナンボの書店や古書店が、「遊び」のある棚を(意図的かどうかはともかく)作っているのに、非営利の図書館では効率一辺倒のそっけない並びばかりなのは、なんだかおかしい。
莫大なコストがかかるICタグ導入の理由に、蔵書点検作業が速くなるとか、誤配架がなくなるとか、いろいろ挙げられている。でも、NDCにこだわらない柔軟な配架ができますよ(例えば、六本木ライブラリーみたいに)とか、コーナーとか展示とかを頻繁に更新しても、個々の本の位置がすぐわかって便利ですよ、とか、そういうメリットをもっと強調しても良いと思うのだけど、需要ないのかなあ。